1990年代後半からレバノンを始めとし、アラブ全域で有名になった、女性歌手にスザンヌ・タミーム(30歳)がいた。彼女は持ち前の美貌とセクシーさで、世の男性たちを引き付けて離さなかった。
彼女自身も激しい性格であったのか、過去に2人の男性と結婚している。そして3人目の男性との結婚が、大きな危険を彼女にもたらすこととなった。
エジプトの大富豪であるヘシャーム・タラアト・ムスタファ氏(49歳)が、彼女に強く惹きつけられていたのだ。彼はタミームとの結婚を希望し、彼女に5000万ドルのマハル(イスラム式結納金)を支払うことを、申し出ていたということだ。
しかし、彼女はムスタファ氏との特別な関係を、3年間持続していたが、彼の結婚申し込みには応じなかった。そしてその後、ムスタファ氏は彼のビルの安全責任者である警察OBの、モフセン・スッカリを刺客として、タミームの住むドバイへと送った。
美貌の歌手タミームがのどを、鋭利なナイフで切り裂かれ、死体で発見されたのは間もなくのことだった。
話がこれだけなら、大富豪の横恋慕と美貌歌手の色恋の揚句の、刃傷沙汰ということで終わるのだが、この話には沢山のオヒレガついているようだ。そもそも、この委託殺人の首謀者ムスタファ氏は、エジプトの諮問会議メンバー(上院議員)であり、七十億ドルの資産を持つタラアト・ムスタファグループのCEOである大富豪であり、エジプト経済界の重鎮だったのだ。
当然のことながらこの事件を調べていく上では、彼の交友関係が洗われることになる。そこにはエジプトの政界若手ナンバー・ワンの、ムバーラク大統領の二男ガマールの名前も、浮かんできたのだ。ムスタファ氏はガマール氏との関係が、きわめて強いことを、口にしていたようだ。
こうした事情もあってか、ムスタファ氏の公判は、取材制限がなされることになり、法廷へのテレビ・カメラ、携帯電話、カメラ、テープ・レコーダーなどの持ち込みは、一切が禁止されることになった。
この政府の対応に対し、マスコミ界からは強い反発が生まれているが、どうにもならないのではないか。
最近、ムバーラク大統領の二男、ガマール氏の評判はあまり芳しくない。与党国民民主党の要職に就任したことにより、彼の無能力ぶりが知れ渡り、彼を大統領後継者に推す人が、いなくなったということのようだ。
今回のスキャンダルと殺人事件に、ガマール氏がどのような形で関係していたのかが、正確に伝えられることはあるまいが、この事件の取り調べの段階で、彼の名が挙がっただけでも、相当の痛手なのではないか。ましてや「彼とタミームとの特殊な関係」などという話が、噂でも流れようものなら、ガマール氏の将来は、ムスタファ氏よりも、悲劇的になるかもしれない。