アラブ人ドクターのオルメルト発言に対する意見

2008年10月 2日

 

 今日の午後に、日本に滞在しているアラブ人ドクターが、私のオフィスを訪ねてきた。財団のスタッフの紹介で来たのだが、初対面もかかわらず、お互いにざっくばらんな話ができた。それは多分にイスラム教の断食明けのお祭り、イードルフィトルの期間であったことも影響していよう。

 私がアラビア語で「イードルフィトル・ムバーラク=イードのお祭りおめでとう」と声をかけると、彼も同じように答えてきた。それ以後は、なんとなく会話が英語でも日本語でもない、アラビア語に定着した。

 会話は最初のうちは、アラブの政治を中心にした、冗談の応酬だった。彼も私に負けずに、ポリテイカル・ジョークを飛ばしてくる。そうこうしているうちに、会話は次第に私のペースで進んで行った。自慢ではないが、アラブ人に本音に近いことを、冗談の中で話させるのは、私が長年の経験から、培って得た財産なのだ。

 話題は冗談から、今日の午前中に私が書いた、原稿の内容に移っていった。つまり、イスラエルのオルメルト首相が、ヨルダン川西岸地区を、パレスチナ側にほぼ全面的に返還すべきだ、という意見を述べたことに移っていった。

 彼は勿論、このオルメルト首相の発言を知っていたが、私とは異なる見解を語ってくれた。

 曰く「イスラエルは今まで何度と無く、和平の妥協を示すそぶりをしてきた。パレスチナの幹部たちはその度にだまされ、裏切られてきた。パレスチナ人はおろかで、人が良すぎるのかもしれない。今回の場合もイスラエル側には、オルメルト首相だけではなく、それなりの計算があってのことだと思う。」と語りおよそ以下のような説明をしてくれた。

 イスラエルのオルメルト首相が、ヨルダン川西岸地区の、全面的なパレスチナ側への委譲をすると言う発言は、シリアとの和平を念頭においてのものであろうというのだ。アラブ諸国では自国民が政府に対して不満を抱いている場合、パレスチナ問題に対する、政府の対応が悪いという言い方で、政府非難をすることから、国民のガス抜きには、パレスチナ支持の発言をすることが、最も簡単なアラブ政府の共通した手法だというのだ。

 今回のオルメルト首相のパレスチナに対する妥協案は、そのことを念頭においてのものだったというのだ。つまり、アラブ諸国政府は自国民に対して「イスラエルのオルメルト首相がそこまで妥協したのだから、アラブ側、パレスチナ側に有利になったのだから、合意に向けた交渉をすべきだ。」という国民に対する説明が、成立するというのだ。

 オルメルト首相は、シリアのバッシャール・アサド大統領が、イスラエルとの和平を推進し易くするために、発言したのだということだ。バッシャール・アサド大統領は、このオルメルト首相のパレスチナ側に対する、妥協の発言を受けることによって、シリア国民に対し、イスラエルとの和平に一歩前進しやすくなったといういことだ。

 確かにその通りかもしれないし、私が考えているように、イスラエルはいま、過去に経験をしたことがなかったような、窮地に立たされていることからの、発言であったとも考えられる。

 問題は、アラブ人の訪問者の、オルメルト発言に対する受け止め方が、彼だけのものではなく、多くのアラブ知識人の共通した認識だということだ。つまり、イスラエルがどう方針を変更しようとしても、アラブ側はそれを、なかなか「イスラエルの方針が変更されたのだ」とは受け止めてくれないということだ。

 過去に大きな戦争を4度も経験してきている、イスラエルとアラブの敵意は、それだけ強いということだ。この凍った関係を融解するには、しかるべきギャランターが必要になってこよう。さすがに初対面の相手に対しては、トルコを仲介者、ギャランターにしてはどうか、という提案まではしなかったが、いまの段階で考えてみると、それしか道はないのではないかと思われた。

 考えようによっては、私と同じように平和ボケしている日本こそが、この凍りついたアラブとイスラエルとの敵対関係を、終わらせることのできる、数少ない国なのかもしれない。勿論、それは資金援助だけしか知らない、外務省にには所詮無理な役割であろうが。