トルコで始まった逆クーデター

2008年7月 5日

 中東の覇者オスマン帝国が崩壊し、幾つもの国が誕生する一方で、トルコ人たちの間に、将来への不安が膨らんでいた。そのトルコ人の不安の中から立ち上がった英雄が、ケマル・アタチュルクだった。

 彼は軍を率い、新生トルコ共和国を建ち上げることによって、トルコが消滅することを防いだ。以来、トルコは軍に対し、特別の権限を与えた。その特別の権限とは、トルコが世俗体制から逸脱しそうになった場合、軍はクーデターを起こし、宗教勢力によって結成された、与野党を打倒してもいい、というものだった。

 この権限は、まさにトルコ軍に与えられた、伝家の宝刀と呼ぶにふさわしい権限だった。以来、これまでトルコ軍は何度となく、この宝刀を抜きトルコの国家にとって、敵対すると思われる政府や政党を打倒してきた。

 しかし、そのことはトルコ国民の間に、軍部に対する全面的な信頼を生み出し、次いで、軍部の腐敗に対し、黙認することを許していった。同時に、この状況はトルコ国民の間に、自国の政治に対する責任放棄を生み出しもした。

トルコ国内に問題があるときは、軍部が立ち上がってくれるという、まさに無責任な軍部に対する、全面的な依存感情が広がり定着していたのだ。

しかし、こうした状況の下で生まれたのが、軍部を前面に押し出しながら、その後ろでトルコの富を自分たちが支配し、政治面でも見えない権限を発揮するグループが誕生したことだった。

このグループには財界人はもとより、政治家、学者、ジャーナリスト、軍人などあらゆる層の人士が加わり、見えない権力を発揮してきていた。このグループにとって不都合な政党が与党になると、彼らは軍を使い、クーデターを起こさせてきていたのだ。

もちろん、軍部が行ったクーデターの中にも、トルコ社会が大きな問題を抱えたことから起されたものもあろう。しかし、ほとんどのクーデターは、彼ら裏組織の意向に沿ったものではなかったのか。

このようなトルコ社会を変革するためには、軍部のクーデターを起こす権限を、実質的に押さえ込む必要があった。しかし、軍部は何処の国でもそうなのだが、絶対的物理的力を有している。

これを押さえ込むためには、トルコ国民の支持を広げなければならないし、諸外国の支持も、同時に取り付けなければならないということだ。トルコ国民の支持を取り付けるためには、国民に経済的希望を与えるのが、もっとも簡単であり明確な方法であろう。

諸外国の支持を取り付けるためには、特に欧米諸国が何を考え、何をトルコに要求しているかを、正しく理解することが必要であろう。アメリカやヨーロッパ諸国はトルコに対し、戦略的役割と、経済の開放を求めていることは、誰にも分かろう。

欧米諸国が求めるこの二つの課題に、現在トルコの与党であるAKP(開発

公正党)は、的確に答えているのではないか。AKPはまず、トルコの経済を活性化させるために、外資の導入を進めると共に、輸出の促進に力を入れてきた。

 このトルコの最大課題である外資の導入には、スイス生まれのトルコ人であるアルパスランがあたっている。彼はエルドアン首相に「国のために君の力を発揮して欲しい」と言われ、まさに一本釣りされた人物だ。

 彼の語学の才能はずば抜けている、英語、ドイツ語、イタリア語、トルコ語などに加えアラビア語も堪能なのだ。アラビア語については日本の外交官のなかに、彼とアラビア語で激論できる人物は一人もいまい、それほどの実力の持ち主なのだ。

 彼を起用することによって、湾岸諸国に対する説得で、トルコ政府は非常に強い立場に、立つことが出来ているのだ。もちろんその他の言語でも、同様のことが言えよう。そして彼のプレゼンテーションは、実に歯切れのいい、無駄のないものだ。それは彼の頭脳がいかに明晰であるかを表していよう。

 輸出促進を担当するトズマン貿易担当国務大臣もまた、なかなかの切れ者だ。彼はそのことに加え、実に細やかな配慮をする人物でもある。明るい性格とサービス精神は、諸外国の大臣、民間ビジネスマンを魅了してやまない。

 この二人の若手の活躍で、トルコへの外国からの投資が増大し、トルコ製品の輸出が急速に伸びている。今年も上半期の伸びは6パーセントを優に上回っていた。

 こうした状況は、トルコ国民の間にAKPに対する、信頼感を抱かせていることは、述べるまでもあるまい。この国民のAKPに対する信頼を武器に、AKPは軍部に挑戦し、次いでトルコの影の権力集団に挑戦しているのだ。

 トルコの新大統領に、与党AKPの外相だったギュル氏が就任することになったとき、軍部と野党その他からの猛烈な反対があったが、結果的には議会内の決議で、ギュル氏が大統領に就任した。

 この流れのなかで軍部は、クーデターを起こす警告を出したのだが、不発に終わった。それは、統合参謀長の汚職の資料が、完璧なまでにそろえられていたからだった。もちろん、それ以外に軍内部に、AKPの支持者が増えていることもあろう。

 次いで軍部が挑戦したのは、100万人国民集会だった。これも結果的には、軍が後ろで糸を引いていることが明らかになり、国民の支持を集めるにはいたらなかった。 

 影の権力集団が最後に切り出したのは、憲法裁判所だった。憲法裁判所は与党AKPが憲法違反であるとして、解党を言い出した。もちろん、結果が出るまでには、検察側と与党側双方が資料をそろえ、陳述する機会が与えられることになっている。

 この新たな攻撃に対し、AKPは世論調査の結果を、国民と敵に伝えた。AKPが先の選挙で得た支持は、47パーセントであったが、今回の問題が持ち上がった後のAKP支持率は、53・3パーセントに跳ね上がったのだ。つまり、トルコ国民は憲法裁判所よりも、AKPを支持する、ということが明らかになったのだ。

 続いてAKPが打ったのは、影の権力集団と軍部に対する、まさに「逆クーデター」だった。軍のOBやエルゲネコン(影の権力集団)のメンバーらによる、クーデターが計画されているとして、退役将軍や経済界の大物、著名なジャーナリストなどを逮捕したのだ。

 この結果、憲法裁判所のAKPに対する攻勢は、トーンダウンしていくものと思われる。国民の過半数が支持する与党を、憲法違反であるとして解党させることは、国内に大きな混乱を招くことは、当然予測されるし、欧米も憲法裁判所の判決を、認めないことになろう。

 もちろん、これからも影の権力集団によりAKPに対する攻勢があろう。しかし、どうやらトルコの権力闘争は、与党の勝利に終わるのではないか。今回の出来事で、エルゲネコンと呼ばれる影の権力集団が、どのようなものであるのか、誰がそのメンバーなのかということが、国民と世界の前に明らかになろう。

 この逆クーデターが成功した暁には、トルコがケマル革命以来の、第二期共和国の時代に入って行くということであろう。それは大トルコ連合共和国への布石であろう。