イラク外務次官との対話

2008年6月 4日

 イラクから外務次官とその一行が訪日した。訪日の目的は、いまイラクが結ぼうとしている、アメリカとの治安協定(防衛協定)の前例国である日本に、日米安保条約の内容と、その功罪を聞きに来たのだ。

 イラクはこれと同じ目的の訪問団を、韓国、トルコ、ドイツにも送る予定になっている。それらの前例国から、どのような内容の協定を結んでいるのかを細かく聞いて、自分の国が結ぶ協定内容を、決めるということであろう。日本の場合は、外務省の条約局経験者が、もっぱら日米安保について、説明を行ったようだ。

 この外務次官は、フランス留学の博士課程を終えた法律の専門家で、バグダッド大学の教授や、外務大臣の法律顧問などを経験し、現在イラクの外務次官に就任している人物だ。

 外務省の関係者の話によれば、彼は日本側の説明を細かくメモに取り、必要に応じて質問をしていたようだ。彼と対話していて、とても71歳とは思えない、エネルギッシュな印象を受けた。

 彼は現在、イラクに大小340以上の米軍基地があり、これを漸減していきたいと語っていた。このアメリカとの治安協定については、現在の段階では必要だと語り、その必要な理由は、イラクは近隣国からの攻撃を、警戒しなければならないからだと語っていた。

 イラクはイランとの間で、8年にも及ぶ戦争を経験しており、現在もイラン側のイラクに対する関与が、非常に懸念されているのであろう。しかし、だからといって、アメリカとの間で、長期の治安協定を結ぶことは、望んでいない様子だった。

 この外務次官は帰国後、イラクの議会に対して、日本の前例を細かく説明し、どのような内容の協定を結ぶかを、討議するのであろう。もちろん、協定文書の大まかな部分は、既に出来ているのであろうが、細目については、まだ調整が可能なのであろう。

 気になったのは、日本の例が果たして、何処までイラクに当てはまるか、ということだ。日本人は従順であまり自己主張をしないし、罪を許す傾向が強い。しかし、イラク人は非常に個性が強く、敵を許す気持ちは薄いのではないか。

 なかでも性犯罪に対しては、一族の名誉が傷つけられたと認識する人たちなだけに、中途半端な形ではすまないだろう。アメリカ軍の兵士が日本国内で行った性犯罪については、軽い処罰で済んでいるが、イラクでは必ず復讐が行われる、と考えたほうがよかろう。

 私は日米安保の功罪について話し、アメリカ人による犯罪については、事前にイラク側に司法の権利を、留保すべきだろうと語った。そのためには、イラクの司法がアメリカ人の犯罪に対して、冷静に審理し判決を下す、という保証が必要になろう。

 したがって、アメリカがこの治安協定をイラクと結びたいのであれば、来年の1月を期限とせずに、もう少し時間をかける必要があるのではないか。アメリカが急いでゴリ押ししても、イラク国民と政府に不満が残るだけであり、逆効果となる懸念があるからだ。