これまで中央アジア諸国は、石油やガス資源を持っていても、全てロシア経由でなければ、輸出できない状態に置かれていた。ロシア大陸を延々と繋ぐパイプ・ライン無しには、ヨーロッパのマーケットに送ることは出来なかったのだ。黒海経由の場合でも、結局はロシアの領土を経由して運ばれていた。
したがって、これまでロシアの中央アジア諸国に対する影響力は、政治的にも経済的にも、強大であったということだ。加えて、ロシアは軍事的にも大きな圧力を、これら中央アジア諸国に、かけ続けてきたということだ。
こうした状態は、中央アジアでの権益を拡大したい、と望んでいたトルコにとっては、なんとしても解決したい、あるいは打ち破りたい壁だった。その方法は、カスピ海を通り、アゼルバイジャンからグルジアを抜けて、トルコ領に運ぶというルートの開拓だった。
それがBTC(バクー、チブリシ、ジェイハーン)ルートだった。そしてこの三地域を結ぶパイプ・ラインが完成し、やっとカザフスタンの石油が、トルコまで送られるようになったのだ。
カザフスタンは自国の石油を、クルク港からアゼルバイジャンのバクー港までタンカーで運び、そこからはパイプ・ラインで、トルコまで送るということになったのだ。この計画の推進には、相当デリケートな交渉がトルコとロシアの間で、中央アジア諸国とロシアの間で、行われていたものと思われる。
述べるまでもなく、この石油の新しいルートの開発は、ロシアの中央アジア諸国に対する、政治経済的圧力を、軽減することになるからだ。また、ロシアは中央アジアの石油やガスを、これまでのように安価では輸入できなくなり、ヨーロッパへの輸出でも、これまでのような大きな利益を、上げることはでき難くなったということだ。
これまで、ロシアは中央アジア諸国から、石油やガスを安価に購入し、ヨーロッパには高い値段で売ることが出来ていたのだ。BTCパイプ・ラインの完成は2006年で、その長さは1767キロメートルにも及ぶものだ。そして完全に整えば、カザフスタンからはこのパイプ・ラインを通じて、年間7500万トンの石油が、トルコのジェイハーン港に、届けられることになるのだ。