無理なサウジと米のレバノン内紛解釈

2008年5月14日

 レバノンでは内戦状態が、過去に15年間も続いたことがある。それは、1975年から1990年に渡る長期間のものだった。多数のレバノン人が犠牲になり、多くのレバノン人は戦禍を逃れ、アフリカや欧米に移住していった。

 アラブ商人のなかでも、特に商才に長けたレバノン人たちは、外国に移住しても、たくましくその商才を発揮し、外国で15年の内戦の間にひと財産つくり、戦争が終結すると、帰国して来た者も少なくかった。

 レバノンの首相を務め、戦争で瓦礫の山と化していた首都ベイルートの、再建に私財をなげうった人物、ハリーリ氏もある意味でその一人だった。しかし、彼はシリアが関与したとされる、テロによって爆殺されている。

 彼の努力で、ベイルートの大半は、以前よりも美しい町並みに回復していた。しかし、ここに来て、再度、レバノンは内戦状態に突入しつつある。少なくとも、その危険性に満ちているといえよう。

 アメリカは艦隊をレバノン沖に送り、いつでもレバノン軍を支援できる、体制になっている。サウジアラビアもイランがレバノンの、国内問題に介入していると非難している。

アメリカとサウジアラビアの言い分を聞いていると、今回のレバノンの緊張は、あたかもイランの差し金、陰謀によるもののように、伝えられているのだが、果たしで事実はどうであろうか。

そもそも、ヘズブラとレバノン政府、軍との緊張が起こったきっかけは、ヘズブラ幹部がベイルート空港の責任者であったものを、政府が解任したことから始まっている

港や空港の最高責任者というのは、密輸を取り仕切ることが出来、大きな権益になっているわけだから、その職から解任されるということは、ヘズブラにとっては、大きな収入源に繋がることだったといえよう。

そして、ヘズブラの武装解除に繋がる、テレコミ活用への規制が重なり、武力対立に至ったというものだ。決してイランが意図的に介入したことによって、今回の緊張が始まったわけではないのだ。

それにも拘らず、アメリカやサウジアラビアが、イランをレバノン内戦の裏の首謀者とするのは、別の意図があってのことであろうと思われる。つまりアメリカにしてみれば、世界に対しイランを悪役として、イメージ付けたいのではないかということだ。 

それに、サウジアラビアが追従せざるを得ないというのが、現在の中東情勢であろう。その裏には何があるかと勘ぐると、アメリカにはいまだに、イランに対する軍事攻撃をかけたいという、野望(願望)があるということではないのか。