トルコ政府が初のクルド自治政府との対話

2008年5月 7日

 トルコ政府代表団がイラクのバグダッドを訪問し、クルド自治政府のバルザーニ議長と会議を開いた。トルコ政府はこれまで、クルド自治政府との会議は、PKKに対する対応上必要とされながらも、イラクが分裂することを認められないという立場から、クルド自治政府との間に、直接会議を開くことを拒んできた。

 今回の会議が開催されたことは、イラク中央政府との合意の上のものであり、アメリカ政府との間にも、話がついた上でのものであったと思われる。つまり、トルコ政府がクルド自治政府との間で会議を開催しても、それが将来の、イラク三分割に繋がるものではない、という前提の上でのものであったということだ。もちろんそれは、クルド自治政府も承知の上で、ということであろう。
 会議のなかでクルド自治政府はトルコ側に対し、政治、経済、治安、社会面での継続的調整の必要性を実感した。今回のクルド自治政府とトルコ政府との会議について、タラバーニ・イラク大統領はトルコとクルドの間に横たわる問題解決にとって、重要であったと語っている。

 この会議が行われた同時期に、トルコ空軍がPKKの拠点を爆撃していた、という事実を踏まえて考えると、クルド自治政府がトルコとの関係を優先し、PKK問題を双方の協力で解決したいということを、望んでいるということが分かる。

同時に、PKKはトルコ国内でも、イラクのクルド自治区内でも、居場所を失ったということであろう。この結果を受け、トルコ政府とPKKとの間の平和的な問題解決のための話し合いが、近い将来に始まることが、期待できるのではないか。

他方、クルド人の政党であるDHP党首が、兵役義務を果たしていなかったことから、兵役に応じることが明らかになっている。このことは何を意味しているのか。今の時点で考えられるのは、全く異なる以下のような理由であろう。

第一に考えられるのは、エルドアン政府がDHP党首の兵役義務について調べ、兵役に服していなかったことが確認され、圧力をかけたということであり、もうひとつの可能性は、DHP党首がトルコの体制を完全に受け入れ従うことによって、トルコ国内での正当な立場に得るために、兵役義務に服すことを決めた、ということだ。

想像するに、今回のDHP党首の兵役に服すことは、後者が理由ではないかと思われる。トルコ政府は彼の政党DHPが存在していることからも分かるように、トルコ国内のクルド人に対し、言語の自由や文化、伝統の保持の自由など、これまでの政権とは全く異なる、融和策をとっているからだ。