イスラエル・シリア二つの相対立する動き

2008年4月26日

 前回の中東TODAYで、イスラエルがトルコを介し、シリアにゴラン高原の返還を申し出た、というニュースをお伝えしたが、それを実行に移すことは、決して容易なことではない、ということをご説明した。

 この問題の困難な部分は、イスラエルによってもシリアにとっても、軍事的な側面よりも政治的、心理的な側面にあろう。

イスラエルは1967年戦争で占領した、シナイ半島のエジプト領に持っていたキミット入植地を、キャンプ・デービッド合意後に返還している。この返還をめぐっては、入植者のイスラエル人とイスラエル軍が、激しい衝突を起こしている。

しかし、結果的にはエジプトが国家として成熟していたために、この返還はその後問題を生み出していない。もし問題が残っているとすれば、キミット入植地を追い出された、イスラエル国民の政府に対する不信感であろう。

次いで返還されたガザの入植地は、その後もイスラエルにパレスチナとの間に、平和な状態を生み出すことはなく、かえって対立が激化されるという、イスラエル政府や国民の期待とは、全く異なる状態を生み出して久しい。

もし、ゴラン高原が返還された場合、どのような状況が生まれてくるのであろうか。この場合一番問題なのは、シリアのアサド大統領体制が弱体化し、場合によっては打倒されるということだ。

アサド大統領体制が打倒されれば、その後に誕生するシリアの体制は、現在のマイノリテイであるアラーウイ派(イスラム教シーア派系の異端派)政権ではなく、ムスリム同胞団を中心とした、スンニー派の体制ということになろう。シリアではスンニー派ムスリムが、90パーセントに近い割合を占めており、しかも、そのスンニー派ムスリムをリードしている勢力は、イスラム強硬派(一般的には穏健派といわれているがそうではない)ムスリム同胞団なのだ。

もし、イスラエルがゴラン高原を返還し、シリアとの間に平和条約を結んだとしても、アサド大統領体制後のシリア政府は、この合意を反故にし、イスラエルとの敵対関係を再開する危険性があろう。

アサド大統領体制が継続できたとしても、シリアのイスラム原理主義者や他のアラブからのイスラム原理主義者が、ゴラン高原からイスラエルに対し、ゲリラ攻撃を仕掛けてくる危険性もあろう。

イスラエル国民はゴラン高原をシリアに返還したことで、国家に対する不信感をつのらせると共に、シリアからのゲリラ攻撃に対する、不安を強めていくことになろう。

そうなれば、イスラエル国内では強硬派が主流になっていく可能性が、非常に高くなっていくということだ。それ以前に、ゴラン高原の返還が本格的な問題となっていった段階で、イスラエル国民の間では強硬派政党支持の、傾向が強まっていくものと思われる。

では何故そのようなことが想定されるなかで、ゴラン高原の返還が、このタイミングでイスラエル政府から提案されたのであろうか。そのことの真意を分析する上で興味深いのは、シリアの核開発に関する公聴会が、アメリカ議会で取り上げ討議される、というニュースが流されたことだ。

この公聴会では北朝鮮の情報、資料を交え、アメリカがシリアの核開発を、確かなものとして解説したということだ。アメリカが提示する実物写真と、コンピューターで作られた画像とが一体となって、世界中にシリアの核開発が確かなものであり、危険なものであるという印象を、強めることに成功したものと思われる。

結果的には、イスラエルにはゴラン高原をシリアに返還する意思がある、という平和攻勢は、このシリアの核に対する脅威をより強力に印象付け、シリアが危険な国家であるという認識を強めたものと思われる。

それとは対照的に、イスラエルが平和愛好の国家であるという印象を、世界中に抱かせる効果を生み出したということではないか。その先に見え隠れするのは、イスラエルによる、シリアに対する軍事攻撃を、容認する世界的な世論が構築されていくのではないか。

こうしたイスラエルの出方と、それを支持するアメリカに対し、シリアを始めとするアラブ諸国は、ますます不信感と反発感情を抱いていく危険性があるのではないか。中東地域における平和に対する期待と幻想は、まだまだ抱くべきではない、ということなのかもしれない。