トルコの与党の座を、開発公正党(AKP)が握ってから、トルコの経済は見る見るうちに改善した。それまでのトルコは、世界的にハイパー・インフレで知られる国だったが、開発公正党が政権の座についてからは、たちまちにしてハイパー・インフレは終息し、インフレ率は許容範囲のものとなった。
その後もトルコの経済は順調に発展していった。このため、国内は安定化に向かい、国民も民主化の進展を喜んでいた。
トルコ国内状況がこうまでもよくなっていったのは、これまでの与党とは異なり、開発公正党は最優先課題に、経済の改善を掲げたのだ。これまでの政党は、与党の座に着くと、軍部の台頭を抑えることを、最優先課題とし、結果的には、軍部と与党との関係が緊張し、金持ちは外国に資金を移すために、経済が悪化していた。
国民は国内の混乱と与党の汚職、犯罪の増加に嫌気を感じて、軍部に国内の安定と、秩序の回復を委ねるのが常だった。
トルコではこれまで、トルコ国内が乱れたときは、軍部がクーデターを起こし、国内秩序を取り戻してくれる、というトルコ国民の軍部に対する絶大な信頼があった、ということを聞いたことがある。
開発公正党は、これまでの与党の失敗のパターンを、よく研究していたのであろう。結果的には、経済の発展を軸に、トルコ国民の開発公正党に対する支持が拡大し、軍部に対する信頼は、それと反比例して後退していった。
今度は開発公正党が、軍部の台頭を完全に抑えるために、軍部の汚職を徹底的に調査する、ということが行われた。そのことが、ギュル氏の大統領就任をめぐる、軍部と開発公正党との対立のなかで、開発公正党が優位を保てた原因だった。
問題はこうした経緯から、開発公正党が自信を持ち過ぎたことによって、生まれたようだ。これまで、イスラーム系の政党が皆望んだ、ヘジャーブ(スカーフ)の着用を、公の場で認めさせようとしたのだ。
日本人から考えれば、このヘジャーブ問題は、そう大げさな問題ではなさそうなのだが、トルコではケマル・アタチュルクの革命以来、トルコが世俗主義の国家になることが、憲法にうたわれてあるために、そう簡単ではなかったのだ。
開発公正党がヘジャーブの着用を、議会で認めさせたまではよかったが、憲法裁判所の幹部の間から、「これは憲法違反だ」という意見が出始めたのだ。そして遂には、憲法裁判所がこのことを、審理する方針を決定したのだ。
ヘジャーブの着用云々ではなく、この場合は開発公正党が憲法に違反しているか否か、ということが問われることになる。もし、開発公正党が憲法に違反しているということになれば、当然の帰結として、開発公正党は違法な政党となり、その政党が構成した政府も、政党も解体しなければならないことになるのだ。
しかし、ここで考えなければならないのは、憲法は誰のために、何を目的として存在するのか、ということだ。憲法は国民の権利を守り、国民が自由に豊かに生活していくために、制定されたもののはずだ。
開発公正党は現在、トルコ国民のほぼ半数の支持を受けている。それ以外の政党を支持する人たちのなかにも、基本的には開発公正党の政策に、賛成している人たちが多いのだ。したがって、この段階で開発公正党は世俗的でない、という判断が下ることは、本末転倒のようなのだが。
そもそも、トルコではヘジャーブをかむりたい人がかむれない、という逆の自由に対する制限があったのだ。エジプトやヨルダン、チュニジア、モロッコといった国々では、ヘジャーブを被りたい人は被り、被りたくない人は被らない、という双方の自由が認められてるのだ。それなのに、何故トルコだけが同じイスラーム国なのに、公の場や大学などで、ヘジャーブを被ることが禁止されているのか、という不満があったのだ。
今回のトルコの動きに、ヨーロッパ諸国は敏感に反応している。トルコのヘジャーブ問題について、ほとんどのヨーロッパ諸国の識者政治家たちは、開発公正党の立場を擁護しているのだ。
それは、ヘジャーブ問題でトルコ国内が混乱することは、トルコの経済に悪影響を及ぼすと同時に、ヨーロッパのなかでも、イスラーム教徒たちの間で、ヘジャーブ問題が再燃することを、懸念しているからであろう。下手をすれば、ヨーロッパ諸国のなかで、宗教間対立が起こる危険性もあろう。
トルコの憲法裁判所が、開発公正党を非合法であるという判決を下せば(現憲法では、憲法違反である、という判決が出るのが当然であろう)、当然のこととして、同党の支持者やイスラーム保守主義者たちは、反対行動を起こすであろう。結果は、トルコが経済的に後退し、国民は混乱の海に投げ出されることになろう。
いま、開発公正党は意地を張らず、一旦はヘジャーブに関する決定を凍結し、憲法を変えてから、実施するのが一番いいのではないか。憲法裁判所は最終的に、開発公正党がヘジャーブ決定を当分の間凍結状態においても、憲法改正後には実施するということが分かっていても、それに対して強い反対はすべきでなかろう。
誰が何を目的に、この時期にヘジャーブ問題を憲法違反であるとして、与党を追い込む行動に出たのか。その結果、トルコ国内が混乱し、経済が後退することで利益を得るのは誰なのかを、考えてみる必要があろう。
今回の騒動を仕掛けたのは、立場が弱体化しているトルコの軍部の巻き返しなのか、外国によるトルコ弱体化工作なのか、トルコ国内のウルトラ世俗派によるものなのか。
オスマン帝国600年の歴史が生み出した知恵の遺産と、トルコの文明力をもってすれば、平和的な解決が可能であろう。