トルコ・クルド(PKK)戦争のラッパを吹くのは誰か

2007年10月21日

:戦争のラッパ
 トルコ議会は10月17日、ほぼ全員一致でトルコ軍のPKKゲリラ掃討のための、イラク領への越境攻撃を許可することを可決した。議員数550人の議会で、賛成票を投じたのは507人にも上った。
 このことは、いかにトルコの国民がPKKによるテロ攻撃に、激怒しているかを示していよう。実際にPKKによる民間人に対する攻撃、トルコ軍に対する攻撃が続いており、その犠牲者はこれまでに総計で3万人、10人単位でテロの犠牲者が連日のように発生しているのだ。

 トルコのテレビは毎日のように繰り返される、PKKのテロ攻撃で死亡した人たちの葬儀のシーンを流し、棺にしがみついて泣く、遺族の気の毒な光景を伝えている。この光景を毎日のように繰返して見ていれば、トルコ国民の誰しもがPKKに対する、断固たる報復攻撃に出るべきだ、という気持ちになろう。

 しかも、トルコ軍は地域のなかで、最も精強な陸軍を保持していると、自他共に評価されているのだ。その陸軍に加え、空軍の能力をしてPKKごときゲリラに、敗北するはずがない。現在のPKK側による一方的な攻撃に対して、応分の報復を出来ないでいるのは、トルコ政府が弱腰でいるからだ、といった感情がトルコ国民の間には高まっているのだ。

 確かにそうであろう。トルコ軍の規模と、PKKの規模とを比較した場合、大きな差があることは歴然としている。現在、イラク国境に張り付いているといわれる、トルコ軍の兵因数は6万人とも10万人とも言われており、他方、PKKの戦闘員は3-4000人規模と見られているのだ。

 このトルコ国民の一般的な怒りによる、PKK掃討すべしという感情論に加え、もうひとつの要素が、トルコ国内で戦争に向かう強硬論を生み出させているのだ。それは、トルコの軍部の政府与党に対する反発感情である。

 現在のトルコ政府は、与党AKP(開発公正党)による、単独支配ともいえる状況にある。これは、AKPが国民の支持を取り付けることに成功した結果なのであり、同党が独裁的な党であることを意味しているのではないのだが。

 AKPのエルドアン氏が首相職に就き、同じ党から大統領を選出する動きに出たとき、トルコ軍の中から反発する動きが出た。インターネットを通じ、トルコ軍の一部がクーデターを起こす、という与党に対する警告とも取れる情報を流したのだ。

 実際には、クーデターは現段階まで起こっていないが、トルコ軍は野党CHPの動きと連動する形で、与党に対する反対行動を取ってきた。与党から立候補しているギュル氏の大統領選出を議会で阻止し、次いで、トルコ全土で大規模なデモ集会を繰り返した。

 しかし、注意して見ると、この大規模集会が、まさに仕掛けられた、いわゆるやらせデモであり、各地の住民による、自発的なものではなかったことが分かる。AKPに反対する、軍部と野党の連帯による、全国からの総動員ともとれるものであったのだ。大規模集会は全国から集められた、軍と野党の支持者たちによるものであったことが、開催地に入る地点での交通渋滞から分かる。

 結果的に、トルコ軍はAKPによるギュル氏の、大統領擁立を阻止することに失敗した。ギュル氏が大統領に就任すると、AKPは大統領、首相、国会議長の三つの要職を、全て押さえることとなった。
 このことは、現在トルコ軍の最高位にある、参謀総長の任免権が、大統領にあることから、トルコ軍はAKPによって牛耳られるようになったことを意味するのだ。ブユカヌト参謀総長は、ギュル大統領の軍門に下ったということを意味している。

 ギュル氏の大統領就任式には、軍の幹部がそろって欠席するだろう、といった予測が流されていたが、当日は多くの軍幹部が参加していた。

 こうしてトルコ軍が牙を抜かれ、AKPに一矢も報いることが出来ないような状態になったとき、PKKのテロ攻撃が増加したのだ。それは、トルコ軍にとってAKPに対する大きな反撃のチャンスとなったのだ。

 トルコ国民は政府に対してPKKに対する、断固とした対応を求めた。軍部は国民の要求に呼応するように、国民の要望に答え、PKKに対し軍事攻撃を始める意思も準備も出来ている、と政府に対し決断を迫ったのだ。この軍部の主張は、トルコ国民から幅広い支持を受けたことは述べるまでもあるまい。

 AKPのメンバーも、決してPKKの蛮行を放置する意思はないのだが、経済最優先政策で与党の立場を強化してきたAKPにとっては、PKK掃討の目的で、イラク北部クルド地域に軍事攻撃をかけることは、大きなリスクを抱え込むことでもあった。

 それは、トルコの企業が現在、イラク北部クルド地域で、1000社以上も復興活動に参入しているからだ。もしこの地域に、トルコ軍が攻撃をかけることになれば、トルコ企業は危険な立場に立たされるであろうし、戦後にはビジネスチャンスを失うことにもなろうからだ。

 トルコの軍部はこの難しい状況の中で、AKPを追い込み、優位に立とうと考えているのであろう。そして軍部が期待するように、トルコ議会はほぼ全員一致で、PKKに対する断固たる措置をとる決議をしたのだ。その決議には述べるまでもなく、AKPの議員もほとんどが加わっていたのだ。ただし、AKP議員の考えは軍部とは全く違うものではあるが。


:ブーメラン現象
 こうしてトルコ国内では、トルコ軍によるイラク北部クルド地域、PKKの拠点に対する攻撃のコンセンサスは出来上がった。このトルコ議会での決議をめぐり、賛成、反対の立場が世界中からいち早く示された。

 アメリカやヨーロッパ諸国はこぞって軍事侵攻に反対し、ロシアもまた反対の立場を採っている。湾岸諸国のなかからは、いち早くクウエイトが軍事攻撃反対の立場を示している。クウエイトが湾岸諸国のなかで、最も早い段階で軍事侵攻に反対したのは、かつて自国がイラク軍によって侵攻される、という経験があったからであると思われる。

 もちろん、それだけではなく、イラクの北辺が混乱状態に陥れば、時間の差はあるものの、中部そしてクウエイトと国境を接するイラク南部でも、状況に大きな変化が生まれることになろう。そのとばっちりを恐れてのことでもあろう。

 意外だったのは、イランやシリアがトルコの下した決議に対し、賛意を示したことだった。イランの場合には、トルコ同様に北西部でクルド・ゲリラの活動が、活発に行われていることがあるからだ。トルコの抱えているクルドとの問題を、イランも同様に抱えているのだ。したがって、近い将来、イラン政府が何らかのクルド対策を採らなければならなくなるときのことを考えると、トルコの今回の動きに、反対はできないということなのだ。

 シリアも同様の立場であろう。シリアも北部はイラクのクルド地域と接しており、クルド人が自国内に居住している。彼らが種々の要求を、公然とシリア政府に突きつけるようになったのは、つい最近のことだ。

 それは、アメリカやイスラエルの支援に対する期待からでもあろう。シリアのクルド人たちは、イラクでのクルド人に対するアメリカ、イスラエルの支援の様子を、注意深く見守っていたのであろう。結果的に、いまクルド問題を抱えている国々が、トルコの立場を支持し、それ以外の国々は傍観するか、反対の立場を示すことになったのだ。

 シリアはいま、非常に複雑な立場にありそうだ。そもそも、シリアはPKKに対し、訓練基地、活動本部、隠れ家を提供していた時期があるのだ。シリアとトルコが緊張状態にあった1980年代に、シリアはトルコに居住するクルド人に対し、分離独立をあおったのだ。そのシリアの支援を受けるクルドの中心をなしたのが、1978年に設立されたPKKだった。

 しかし、その後、トルコとの関係改善の必要を強く感じたシリアは、1999年、PKKのリ-ダーであるアブドッラー・オジャランを、第三国経由でトルコ側に引き渡す道を選択した。もしそうしなければ、シリアとトルコとの間に、武力衝突が起こっていた可能性もあるのだ。

 以来、PKKのリーダーであるアブドッラー・オジャランは、トルコの獄中につながれることになるのだが、これまでトルコのどの政権も、アブドッラー・オジャランの処刑を断行しようとしなかった。それだけPKK問題は、複雑な部分があるのだ。アブドッラー・オジャランを処刑することは、欧米を敵に回し、クルドの抵抗運動に正統性を与えることになり、トルコ国内のクルド人にも、反政府の動きを活発化させかねない懸念があるのだ。
現在の段階で見ると、クルド問題は、シリアにとってブーメランのよう、自身に帰ってくる危険なものとなっている。


:クルドを支援するのは誰か
 さてトルコ、イラン、イラク、シリアにまたがって居住しているクルド人とは、一体何者なのか。また彼らを現時点で支えているのは誰なのか。PKKについてはどうなのか、ということを考えてみる必要がありそうだ。

 クルド人はアラブ人ペルシャ人に囲まれ居住しているが、アラブ人ともペルシャ人とも異なる人種だ、と彼らは主張している。ただ、ヨーロッパ系の人種だと主張していることから、アラブ人よりはペルシャ人に近い人種ということになろう。

 言語はクルド語、宗教はほとんどがイスラム教徒であり、そのうちのほとんどがスンニー派だが、シーア派も含まれている。過去に1948年ソビエトの支援の下に、非常に短期間(11ヶ月間)だけ、マハバード共和国という独立国家の設立を宣言した時期があるが、間も無くそのクルド国家は消滅している。

 以来、クルド人は国家を持たない、最多の人口を持つ民族とされてきている。したがって、クルド人はイラクの国内でも、イラン、トルコ、シリアの国内でも、分離独立したいという強い願望を抱いていても、何の不思議もあるまい。イラクのクルド人たちが、現在のイラク国内で、最も恵まれた立場にあることから、独立国家を設立したい、とい思うのは至極当然の帰結であろう。

 北イラクのクルド地域は、現在イラク国内で、最も安全で安定した地域となっていることに加え、彼らはイラク国内最大の産油地帯であるキルクークを、クルド領だと主張していることから、もし彼らの希望がかなえられれば、莫大な量の石油資源を手にすることになる。

 イラク国内のクルド人たちは、トルコのクルド人の活動を、理性では賛成できないとしても、感情的には当然のことながら、支持してしまう面がある。そのことが、イラク北部クルド地域へのPKKの流入を許し、基地訓練所の設立を黙認しているのであろう。もし、イラクのクルド人が資金や武器をPKKに与えているとすれば、それは非公式なものであり、好意的に解釈すれば、個人レベルのものである、と判断すべきではないのか。

 ただ、イラクのクルドも、大きく分けてPUK(クルド愛国同盟)とKDP(クルド民主党)に分かれていることから、KDPのバルザーニ議長が、PUKのタラバーニ議長(現在のイラク大統領)に対抗する意味で、PKKを半ば公然と支援していても不思議はあるまい。タラバーニ大統領は自身のイラク政府内部での立場や事情から、の存在については、否定的な立場を採っている。イラク在留のアメリカ軍も、PKKに支援を送っているのではないか、とトルコ政府や軍部、国民はは疑っている。それは、アメリカ製の武器がによって使われ、隠匿されていることが判明したことからの推測だ。しかし、その可能性を全面否定することは出来ないものの、公然たる事実とは考えないほうがいいだろう。

 にアメリカ製の武器が渡っているのは、多分にイラク駐在の民間治安会社の社員による、横流しの結果ではないかと思われる。そうなると、推測に過ぎないが、の残りの資金源は、麻薬取引からの収入か、外国にいる同志の資金援助、ということになるのではないか。

:クルド政府とイラク政府
 現在の段階でトルコ政府は、トルコ軍をイラク領土内に侵攻させていない、という立場を採っている。しかし、実際には既に、トルコ軍はイラク領土内10キロの地点までは侵入しているものと思われる。そうでなければ、トルコ軍の砲弾が、イラク北部の深淵部まで届くはずがないからだ。

 トルコ政府が軍のイラク領土内への侵攻を、正式に発表しないのは当然であろう。現段階でトルコ政府が公然とそれを発表することになれば、欧米の非難を受けるからだ。

 イラク政府もクルド政府も、アメリカ政府も、実はトルコ軍が既にイラク領内に侵攻していることを、知っているのではないか。軍事偵察衛星から見れば、トルコ軍が現在どの地点に展開しているかは、一目瞭然であろう。しかし、現段階ではそれぞれが、トルコ軍の正確な位置を公表したくない事情があるのだ。

 イラク政府からすれば、トルコ軍が自国領土内に侵攻しているのに、反撃も抗議もしないのかという非難が、イラク国民から起ころう。クルド自治政府も同様であろうが、トルコ軍と軍事的に対峙するだけの、軍事力をイラク政府もクルド自治政府も、持ち合わせてはいない。

 アメリカもまた、現段階ではイラク国内対応に手一杯の状態にあるのに、トルコ軍への対応を考えなければならないということになれば、完全に手詰まり状態に陥ることになろう。しかも、トルコはアメリカにとって中東地域のなかで、最も重要なパートナーでもあるのだ。

 結果的に、もっと明らかな兆候が出てくるか、トルコ政府が軍事侵攻を公表するまでは、イラク領内へのトルコ軍の侵攻は、黙認することにするのが各国政府にとって、最も都合のいい対応ということになろう。

そもそも、イラクがサダム政権によって統治されていた時期以来、トルコ軍はイラク領内に侵入し、軍事拠点を確保し続けているのだ。それが黙認されてきたのは、トルコ側の意図が、あくまでもPKKに対する対応であり、イラクに対する敵対的意思によるものではなかった、イラク側からすれば平和的なものであるという点にあったろう。


:トルコ政府の苦悩
 周辺諸国や関係諸国の立場が、おおよそ明らかになったところで、当事国であるトルコと、そのリーダーであるエルドアン首相は、現状をどう考えているのであろうか。

 そもそも、エルドアン首相率いるAKPが、トルコ国内で国民の間に広い支持を獲得し、軍との関係でも対等以上に優位な立場でこられたのは、エルドアン首相の経済優先政策が、国民の広い支持を獲得した結果であろうと思われる。

 これまでトルコの各政権が、結果的に軍のクーデターを許してしまったのも、国民の支持を減らし、政権の座を去っていったのも、トルコの軍部からクーデターの権利を奪うという、政争そのものに重点を置いたためであろう。そのことは、軍部との間に不必要な軋轢を生み出し、クーデターを起こさせてしまうか、あるいは、経済的困窮の度を強め、国民の支持を失っていったからだった。

 エルドアン首相の政権は、こうした過去の政権が辿った失敗の軌跡を踏襲せずに、まず国民の生活を向上させよう、トルコの経済を向上しようという選択をした。その結果、過去5-6年の間に、トルコの経済は目覚しい発展を遂げているのだ。

 当初、トルコ・リラのドルに対する交換レートは、1ドルに対して165万リラであった。それがデノミで1.65リラに変わったが、現在では1ドルが1・2リラを切るに至っている。それだけトルコ・リラは値上がりしているのだ。それにもかかわらず、トルコの輸出は順調な伸びを示しているのだ。

 こうしたトルコの経済的発展は、トルコ製品の質的向上と、生産設備の改善が原因だが、加えて積極的な周辺諸国への進出も忘れてはなるまい。トルコの企業は現在、イラク北部のクルド地域ばかりではなく、他のアラブ諸国や中央アジア諸国、アフリカ諸国まで進出し、建設事業を中心に、活発に展開しているのだ。

 加えて、トルコは自国を世界のエネルギー流通の交差点にしよう、ハブ国家になろうとも構想している。トルコはイラクの石油ばかりではなく、中央アジア諸国、イランやロシアのガス、石油を、ヨーロッパその他の地域に送る、拠点になりつつあるのだ。

 こうしたエネルギーのハブ国家構想を推進していく上からも、トルコ製品の輸出と建設事業での、周辺諸国への進出の上からも、トルコは平和路線を堅持していかなければならないのだ。そのためには、PKK問題を出来るだけ穏やかな形で解決したい、とエルドアン首相は望んでいるのだ。

 しかし、トルコ国民の間ではPKKによるテロ活動によって、多数の犠牲者を自国民のなかから生み出していることで、政府に対し強硬な対応を望む声が高まっている。つまり、エルドアン首相はいま、経済発展という目標と、PKKに対する強硬対応という、二つの問題の間で板ばさみ状態にあるのだ。
 もし、エルドアン首相がPKK問題で弱気な対応をすれば、国民は彼に対する支持を一気に取り下げ、強硬路線を主張する軍部支持に傾斜を進めるであろう。かといって、エルドアン首相が強硬な路線を選択し、イラクに軍事侵攻することになれば、それは莫大な犠牲と損失を覚悟しなければなるまい。
 しかし、エルドアン首相にはまだ、数ヶ月の余裕が残されている。それは、トルコがイラク政府やクルド自治政府、アメリカ政府に突きつけた最後通牒に対する、返事を待つ時間が残されているということだ。これらの政府からの返答を待つ一定の時間は、トルコ国民もエルドアン首相に与えよう。

 イラク政府はトルコの強硬な姿勢を前に、今度こそは明確な対応をせざるを得ないと考え、あせり始めている。イラク政府閣僚の間から、PKKにはイラクから出て行って欲しい、といった発言が出たのはその証であろう。

 同時に、アメリカ政府もアルメニア問題で、トルコ非難の決議はしたものの、トルコを失うということの損失の大きさを、十分に理解している。アメリカがトルコを失うということは、NATO 最東端の加盟国であり、強大な軍事力を持った国家トルコを、失うということになるからだ。

 加えて、トルコはアメリカが現在対応に苦慮している、イラク戦争で唯一最大の補給路を有している。トルコの港や空軍基地の使用が不可能になれば、アメリカ軍は完全にイラク国内で立ち往生してしまうことになろう。イラク国内への兵器食料などといった物資の輸送も、イラクに駐留する兵士の、交代に伴う移動もままならなくなるのだ。

 そのアメリカの弱みを知って、トルコのブユカヌト参謀総長は、アメリカがアルメニア問題で適切な対応をとらなければ、アメリカとの関係をご破算にするといった内容の発言をしているのだ。

 彼は決議がアメリカの下院本会議でも採択されるのであれば、アメリカとの軍事的関係は過去のものとなる、と発言しているのだ。それはアメリカのブッシュ大統領も、十分に理解している。したがって、トルコに対する何らかの新たな対応が、アメリカ側から出てくることが期待されるのだ。

 エルドアン首相にとってもうひとつの賭けは、冬将軍が彼に微笑みかけるか否かだ。クルド地域は山岳地帯であり、冬が早期に訪れ、クルド地域が雪で覆われるようになれば、PKKのテロ活動も冬眠状態に入ることが期待できる。

 エルドアン首相が敬虔なムスリム(イスラム教徒)であることは、世界的に知られている事実だが、彼は毎日の礼拝の後で、冬将軍の早期の到来を、アッラーの神に祈っているのではないか。冬が来れば来年の春、雪解けの時期まで時間が稼げ、その間にはトルコ・イラク関係や世界の状況が変化していようし、新たな手立てが考え付くかもしれないからだ。

:戦争は始まるのか
 世界中のマスコミ、専門家、そしてトルコの反体制派の間から、トルコ軍の勇敢なイラク北部クルド地域への、PKK掃討の進軍ラッパが響いてくるが、現実はそんな単純なものではない。トルコのエルドアン首相とギュル大統領は、持てる外交手腕を最大限に発揮し、関係各国を恫喝し、また妥協を示し、交渉をすることによって、何とかこの危機を平和裏に乗り切ろうと努力しているのだ。

 幸いにして アメリカ政府とイラク政府からは、吉兆が見え隠れし始めている。気になるのは、クルド自治政府のバルザーニ議長の発言だが、これもクルド人に対する内向きの発言に終わるのではないか。バルザーニ議長の発言が内向きなものであるという推測は、かつて彼がクルドの独立について「クルドの若者たちが強硬な動きに出すぎて困っている」といった内容の発言をしていることから浮かんだものだ。

 クルド自治政府には、トルコ軍と対峙するだけの兵器は無いし、兵員数でも太刀打ちできまい。問題はトルコ政府が、クルド自治政府を相手にせずに、イラク政府との直接交渉をしていることにあろう。クルド自治政府はトルコに強気の発言をしながらも、彼らにはPKKをかばうつもりが無いことも、明らかにしているのだ。

 戦争を起こすということは、そう簡単なものでも単純なものではない。
トルコが自重し、関係諸国が同調し、何とか妥協点を見出し、トルコ軍のイラク北部クルド地域への軍事侵攻と戦争を、避けて欲しいものだ。