ライラト・ル・カドルの印象

2007年10月11日

 イスラム教徒は1年のうち約一ヶ月の間を、断食で過ごすことになっている。この断食をする月をラマダン月としているのだが、この期間は日の出前から日没までの間、一切のものを口にしないことになっている。
断食とは何かについては、説明が長くなるので別の機会に譲るが、今回、久しぶりにイスラム国を断食の期間に訪問した、印象について書くことにする。このラマダンの月の中でも、最後の7日間から10日間を、ライラトルカドル(聖なる夜)とイスラム教では定めている。

 この期間に善行を積んだり礼拝することは、1000倍以上のご利益になって返ってくるといわれている。それはコーランの中に、「ライラトルカドルは1000倍の月以上に値する」と記されているからだ。
一般的には善行を積ませるためであろうか、ライラトルカドルがどの夜なのかを明示していないが、トルコでは断食最後から3日前の夜が、ライラトルカドルだとされており、この夜のモスクとその周辺は、大変な賑わいになる。

 10月8日の夜、イスタンブールのモスクのなかでも人気の高い、スレイマニヤ・モスクに友人と出かけた。彼は敬虔なイスラム教徒で、この夜のモスクでの礼拝を欠かしたくないというのだ。
スレイマニヤ・モスクは2重の塀があるが、その最初の塀を入ると、中庭は芝生の上で礼拝する人たちであふれていた。とてもモスクの中まではたどり着けそうにもない、まさに足の踏み場もない状況だった。
上着をじゅうたん代わりに芝生の上に広げ、礼拝の列に加わることにした。礼拝は夜の例は4ラカート、それに続いてタラーウエの礼拝が続き合計で25ラカートの礼拝を繰り返すのだ。

 それ以外にも、イスラム教徒たちは好きなだけ礼拝を繰り返していた。彼らはこのライラトルカドルの夜に、スレイマニヤ・モスクで礼拝することを、無上の喜びと感じているのであろう。

 所定の礼拝を終えた人たちが帰り始めたので、第二の塀の中に入り、ついにモスクまでたどり着くことができた。中はまだ満杯に近い状態で、テレビ局のカメ ラが内部の様子を撮影していた。
一応の礼拝が終わった後、ズィクル(アッラーに対して祈る仏教で言う念仏のようなもの)を行う聖職者たちが並び、次いでドアー(祈り)がおこなわれる。なかなか壮観な感じだ。

 モスクの第二の塀の中は、宗教書の展示即売会が開かれていた。まさに門前市を想わせる光景だ。塀の外では飲み物やお菓子などを供する喫茶店が並び、スカーフやマフラー、装飾品を商う店も並んでいる。
トルコのモスクの風景の特徴は、こうした人ごみの中に、たくさんの外人観光客が加わっており、それが何の違和感もない形で、受け入れられていることであろう。

 ついでに、717年にアラビア商人が開設したといわれる、イスタンブール最古のモスクを見物することになった。モスクの名はアラブ・ジャーミエ(アラブ・モスク)、ここでも沢山の人たちが礼拝を繰り返していた。友人の説明によると、一部の人たちは次の朝まで礼拝を繰り返しているということだ。

 どう見ても、すこぶるモダンな感じの青年男女が、敬虔そうな老人たちと一緒に礼拝している光景は、この国がイスラムの国なのだ、ということを実感させられる。それはケマル・アタチュルクがトルコを世俗化して、既に80年ほどの時間が経過したが、根本では何も変わっていないということであろう。現在トルコの政権党となっている開発公正党(AKP)が世俗主義を止め、宗教色を濃くしていくのではないか、という懸念が欧米のなかにあるようだが、それは間違いで、トルコ国民は昔も今もイスラム教徒なのだ、ということに気がつくべきであろう。それを知ってか知らずか、10月9日付けのトウキッシュ・デイリー・ニューズ紙は「EUがトルコの民主化を賞賛」という記事を第一面のトップに掲載していた。